日常生活における個人のマスクの着用による感染症の予防効果については否定的な見解も数多く示されている。

しかし、その一方で、ウイルスに感染している患者や感染者の側マスクの着用は飛沫の飛散範囲の低減などによって感染拡大の防止大きな効果があることは広く知られている。

こうした二つの前提に基づいて、個人のマスクの着用による社会全体における感染症の予防効果について考えていく場合、

この問題の本質は、ゲーム理論における囚人のジレンマの問題に帰結することになると考えられる。

スポンサーリンク

囚人のジレンマで生じる全体の利益と個人の利益との相反

囚人のジレンマにおいては、共同で犯罪を行った二人の囚人が検察官から司法取引を持ち掛けられた時に、

両方とも黙秘していれば懲役2となるが、片方が自白してもう一方が黙秘した場合は自白した方懲役0となる代わりに黙秘した方懲役10となり、両方とも自白すると懲役5になるといった条件と選択肢が与えられることになる。

すると、

全体の利益としては互いに協力して両方とも黙秘を貫いた方が両者とも懲役2ですむという望ましい結果が得られるはずなのだが、

個人の利益の最大化を図ろうとすると、相手の行動黙秘と自白のどちらのケースであっても、自分が自白してしまった方が個人的な利益は大きいことになるため、

多くの囚人自白する方を選択し、両方とも懲役5の判決を受けるという全体的な損失を被ることになる。

ちなみに、

こうした囚人のジレンマにおいて全員が黙秘することを期待することによって全体の利益の実現を図る戦略は協調型と呼ばれるのに対して、自分が自白することによって個人の利益のみを追求する戦略は裏切り型と呼ばれることになる。

そして、こうした考え方に基づくと、

冒頭で挙げた個人のマスクの着用社会全体における感染症の予防効果についての問題も、こうしたゲーム理論における囚人のジレンマ同じ構造をした問題として捉えることができる。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

 

大多数の人々が協調型の戦略をとることで実現されるマスクの着用による社会全体における感染症の予防効果

マスクの着用、そのなかでも、微粒子に対する防護性能をほとんど持たないと考えられるガーゼマスク布マスクの着用は、

マスクを着けている個人にとっての感染症予防のための効果は極めて限定的であり、着けていてもほとんど無意味と言ってもいいかもしれない。

しかし、その一方で、

もしも、自分以外のすべての人マスクを着けさせることができるとしたならば、それは自分の感染症予防にとって大きな利益のある行為ということになる。

なぜならば、自分の周りにいる感染者たち(そこには感染の自覚がなく、本人自身としてはむしろ予防のためにマスクを着けている軽症や無症状の感染者も含まれることになるだろう。)がマスクを着けてくれさえすれば、

感染者の飛沫自分の近くにまで飛んでくることによる飛沫感染、あるいは、マスクをせずに咳をした感染者の手についた飛沫で汚染されたドアノブや手すりなどを介した接触感染の機会が減ることによって、新たな感染の連鎖が発生するリスクが大きく低減することになるからである。

つまり、

先ほど囚人のジレンマの例で言うならば、自分が黙秘する(つまりマスクを着ける)ことは自分にとって何の利益にものならないのだが、相手が黙秘する(つまりマスクを着けてもらう)ことは自分にとって大きな利益となるということである。

そして、こうした囚人のジレンマのロジックに従うと、

まずは自分自身他者の感染リスクを減らすために率先してマスクを着用することによって、それと同様に、

社会を構成する大多数の人々も自分と同じようにマスクを着用して他の人々への感染を防ぐ努力をすることを信用するというのが協調型の戦略ということになる。

そして、このようにして、

社会を構成する大多数人々囚人のジレンマにおける裏切り型ではなく協調型の戦略を選択していくことによって、マスクの着用による社会全体における感染症予防効果最大限に実現されることになると考えられるのである。

・・・

「時事考察」のカテゴリーへ

スポンサーリンク