前回書たようにスピノザの『知性改善論』の最終章にあたる「知性の力とその諸特性について」と題された章の後半部分においては、人間の精神が自らの知性の構造そのものを探究していく内省的な哲学探求を通じて、人間の知性における主要な特性のあり方が列挙されていくことになる。

そして、前回取り上げた知性の第一と第二の特性にあたる確実性と絶対性という特性に基づいてスピノザは、知性の第三の特性にあたる無限性の観念についての分析と吟味を行っていくことになる。

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「無限性」としての知性の第三の特性における絶対性と無限性の関係

『知性改善論』の「知性の力とその諸特性について」と題された章の前回に続く箇所においてスピノザは、人間の精神における知性の第三の特性となる無限性の観念について、それは以下のような観念同士の関係性において見いだされることになると述べている。

「三、知性が絶対的に形成する観念は無限性を表現する。これに反して他から形成するのは限定された観念である。

(スピノザ『知性改善論』畠中尚志訳、岩波文庫、84ページ参照。)

ここでスピノザは、前回取り上げた知性の第二の特性における絶対性の観念に基づいて、第三の特性にあたる知性における無限性の観念の論証を行っていると考えられ、

さらに、知性において絶対的に形成された観念は無限なる観念として表現されるのに対して、そうした知性における絶対的な認識ではなく他の観念に依存する相対的な認識に基づいて形成された観念は限定された観念として表現されると述べている。

つまり、知性における絶対的な認識無限なる観念の形成へとつながっていくのに対して、知性における相対的な認識限定された観念の形成へとつながっていくことになるということである。

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知性における限定性の観念に基づく0次元から3次元までの次元の展開

そして上記の引用箇所に続く部分においてスピノザは、さらに、前回考察した知性における絶対性の観念の分析のときにも取り上げた量と運動という二つの観念を再び例に挙げていくことを通じて、人間の知性における限定性と無限性の認識についての議論をさらに深めていくことになる。

「例えば知性が量の観念を原因によって知覚するなら、知性はそれを量を通じて限定しているのである。

 立体がある平面の運動から、平面が線の運動から、さらにまた線が点の運動から生じると知覚する時のごときである。

こうした知覚はしかし、量そのものを理解するのには役に立たず、ただ量を限定するのに役立つのみである。

これは次の事実から、すなわち、我々はこれらの知覚をいわば運動から生じると考えているが、しかし運動は、まず量そのものが知覚されなくては知覚されないという事実から明らかである。」

(スピノザ『知性改善論』畠中尚志訳、岩波文庫、84ページ参照。)

ここでスピノザは、人間の知性がその認識の対象となる事物における量の観念を原因や本質に基づいて認識するとき、そこには量を通じた限定性という観念が成立することになるということを述べている。

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3次元にあたる立体は2次元にあたる平面の運動によって限定されることでその構造が規定され、

2次元にあたる平面は1次元にあたる線分の運動によって限定されることでその構造が規定され、

1次元にあたる線分は0次元にあたる点の運動によって限定されることでその構造が規定される。

そしてその際、それ自体としてはいかなる大きさも量も持たない0次元にあたる点の存在において運動という観念が新たに成立するためには、まずは、そうした運動の観念そのものが量の観念によって限定されることによって新たに形成されなければならないと考えられる。

そして、そういった意味では、

上記の量と運動、そして、立体と平面と線分と点といった観念を例に挙げることを通じて展開されていく一連の議論においてスピノザは、

知性における限定性の観念についての理解を深めていくと同時に、点から直線、そして、平面からさらに立体へと展開していくことになる幾何学や物理学における0次元から3次元までの次元構造の哲学的な展開のあり方を示していると考えられるのである。

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スピノザによる人間の知性における無限性の観念の存在証明

そしてさらにスピノザは、上記の引用箇所に続く部分において、最後に、以下のような議論を示すことによって、こうした知性の第三の特性にあたる無限性の観念についての議論を締めくくることになる。

「同様にまた我々は、線を形成するための運動を無限に継続することが出来るが、それはもし我々が無限の量という観念を持たなかったなら、決して出来なかったであろう。」

(スピノザ『知性改善論』畠中尚志訳、岩波文庫、84ページ参照。)

ここでスピノザは、これまでに示してきた知性における立体や平面、線分や点といった幾何学的な概念の限定のあり方についての考察の最後に、そうした幾何学的な概念のうちの一つである線分という観念の無限なる展開にあたる直線という観念の存在についての分析を通じて、人間の知性における無限性の観念の存在証明を行っていると考えられる。

前述したように、0次元から3次元まで展開していく幾何学的な構造の展開のあり方を限定している運動の観念は、人間の知性における絶対的な認識形式の一つにあたる量の観念によって限定されることによってはじめて成立することになるが、

それに対して、そうした運動の観念における限定性の根源にある量の観念そのものは、人間の知性において、他のいかなる観念の存在にも依存せずにそれ自体として独立して成立している絶対的な観念であると考えられ、

そうした絶対的な観念として把握された量の観念は、その他のいかなる観念による限定されないという意味において無限性を有することになる。

・・・

以上のように、こうした『知性改善論』の「知性の力とその諸特性について」と題された章における前回に続く部分においては、

知性の第二の特性としてすでに論証された絶対性の観念に基づいて、量や運動の観念さらには線分や直線といった幾何学的な概念についての分析が進められていくことを通じて、知性の第三の特性にあたる無限性についての論証が行われていると考えられるのである。

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