TANTANの独考

時事考察と哲学的思考を中心とする移ろいゆくものと永遠にとどまり続けるものについての筆者の主観的な観点からの見解も含めた独自の思考の記述

「哲学」の記事一覧

神あるいは自然とも呼ばれる永遠なる真理の実在の証明と『知性改善論』から『エチカ』へのスピノザの哲学思想の展開

スピノザの『知性改善論』と題される未完の書物における最後の記述では、人間の精神における知性の働きの根源にある共通のあるものが必然的に立てられることによって、神あるいは自然とも呼ばれる永遠なる真理の実在が明らかにされている。『知性改善論』における人間の精神における知性の本質と真なる観念についての探求を土台として『エチカ』における神あるいは自然と呼ばれる永遠なる真理についてのさらなる探究が展開していく。

愛と喜びの観念のスピノザの『知性改善論』における位置づけと永遠なる真理から必然的に導かれる人間の精神における最高の喜び

スピノザの『知性改善論』においては、真の意味における愛や喜びといった観念は人間の精神における知性の存在を前提とすることによってはじめて成立すると語られている。スピノザが求める永遠なる真理についての知性的な認識からは必然的に人間の精神における最高の喜びがもたらされることになる。

スピノザの『知性改善論』における知性の定義へと通じる人間の精神における知性の働きの八つの特性

スピノザの『知性改善論』の最終章における人間の精神における知性の働きを特徴づける特性をめぐる哲学的な議論においては、確実性・絶対性・無限性・肯定性・永遠性・必然性・限定性・完全性という八つの観念に基づいて人間の精神における知性の定義へと通じる八つの特性のあり方が示されていると考えられるのである。

小さな完全性をもつ自己意識の真理から大きな完全性をもつ世界の真理への展開とスピノザ哲学の完全性の観念としての知性の第八の特性

スピノザの『知性改善論』における知性の第八の特性にあたる完全性の観念についての議論に基づくと、人間の精神における哲学的探求の営みとは、より小さな完全性をもつ自己意識の内なる真なる観念についての直観的な認識から出発して、より大きな完全性をもつ世界そのものそしてその根源にある永遠なる存在としての神についての認識へと至るという知的探求の営みのうちに位置づけられることになる。

無限性と限定性に基づく知性的認識の形成と楕円という幾何学的概念を例とするスピノザにおける限定性の観念としての知性の第七の特性

スピノザの『知性改善論』における知性の第七の特性についての議論に基づくと、人間の精神における知性の働きにおいては無限性と限定性という二つの観念の両方に基づいて個々の事物についての認識が形成されていくことになる。スピノザは楕円という幾何学的概念の形成を例として挙げることによって観念の形成における知性による限定の働きのあり方についての説明を試みている。

想像の世界と現実の世界と永遠なる観念の世界というスピノザにおける事物の存在の三つの階層と必然性の観念としての知性の第六の特性

スピノザは事物や観念の存在のあり方を人間の頭の中だけにある夢や想像の世界と現実の世界における個々の事物の存在のほかに、さらにもう一つ、そうした現実における個々の事物の存在の根源にある永遠なる観念の世界という三つの階層に分けて捉えている。スピノザの『知性改善論』では人間の精神における知性の本性から永遠なる存在としての神の本性へと通じていく必然的に真なる観念を形成する働きにあたる人間の精神における知性の第六の特性として必然性という観念が新たに提示されている。

スピノザの「永遠の相」についての『エチカ』と『知性改善論』の記述と知性的認識における永遠性の観念としての知性の第五の特性

ラテン語においてsub specie aeternitatis(スブ・スぺキエ・アエテルニタティス)と表記されることになる「すべての存在を永遠の相のもとに見る」という知性的な認識のあり方こそが『知性改善論』と『エチカ』というスピノザによって記された主要な二つの書物の哲学探求における究極の真理についての一つの終着点となる認識のあり方となっている。

スピノザ哲学における知的直観と哲学探求における論証の必要性をめぐる議論と『知性改善論』における肯定性としての知性の第四の特性

スピノザにおける独特の哲学的な思考の本質は哲学的な真理あるいはその核心となる本質についての知的直観ともいえる直観的な思考にある。哲学探求における論証の過程は自らの精神における知的直観においてはその真理性がすでに明らかとなっている一つ一つの真なる観念をより論理的整合性の高い一つの体系へと洗練してまとめ上げていくために行われる探求の過程として捉えることができる。『知性改善論』における知性の第四の特性として肯定性の観念が提示される背景には特殊肯定的本質としての真なる定義をめぐる議論がある。

無限性と限定性の観念に基づく0次元から3次元までの次元構造の哲学的な展開とスピノザにおける無限性としての知性の第三の特性

スピノザの『知性改善論』の最終章にあたる「知性の力とその諸特性について」と題された章の前回に続く部分では、知性における無限性と限定性の観念を通じて、幾何学における0次元から3次元までの次元構造の哲学的な展開のあり方が示されていくことになる。スピノザにおける無限性としての知性の第三の特性は知性の第二の特性としてすでに論証された絶対性の観念に基づいて論証される。

確実性と絶対性という知性の第一と第二の特性に基づくスピノザの『知性改善論』の知性の定義と人間の知性における絶対的な認識形式

スピノザの『知性改善論』の「知性の力とその諸特性について」と題された章の後半部分では、まずは確実性と絶対性という知性の第一と第二の特性に基づいて人間の精神の内になる知性の働きに基づく認識の構造が明らかにされていくことになる。スピノザは人間の精神における知性の働きに基づく絶対的な認識形式のあり方として、量の概念のほかにも時間や空間といった概念のことを念頭におい知性の絶対性についての議論を展開している。

『知性改善論』の知性の定義をめぐる循環論法とその解決:人間の精神の内に生得的に組み込まれている真なる観念としての知性の定義

『知性改善論』の最終章における知性の定義をめぐる議論では、一見すると、知性の特性を把握するには先に知性の定義を知ることが必要だが、知性の定義を知るためには先に知性の特性を把握する必要があるという一種の循環論法ともいえる誤謬推理が生じているようにも見える。人間の精神は自らの精神の構造そのものを探究していく内省的な哲学探求を通じて、自らの内に生得的に組み込まれている真なる観念としての知性の定義を自覚的に明瞭かつ判明に認識するに至る。

スピノザにおける知性と思惟の同一性と人間の精神における思惟や思考の働きの内省を通じて見いだされる知性の特性と定義

『知性改善論』の最終章にあたる「知性の力とその諸特性について」と題された章の冒頭部分においてスピノザは、人間の精神における「知性」と「思惟」という二つの概念は、本質においては同一の概念として把握されることを示したうえで、そうした人間精神における純粋な思惟や思考の働きとしての知性の定義は、そうした人間精神における思惟や思考の働きの内省を通じておのずから明らかになると語っている。

『知性改善論』の「方法の第一部」と「方法の第二部」の総論としてのスピノザにおける永遠なる事物の認識へと至る哲学探究の方法論

「永遠なる事物を認識する手段について」と題された章の結論部分においてスピノザは『知性改善論』の「方法の第一部」と「方法の第二部」の総論となる永遠なる事物の認識へと通じる哲学探究の一つの方法論を提示している。哲学探究の方法論についての理論を真の意味において完成させるためには認識作用の主体となる人間の精神における知性の存在についてのさらなる探求を行っていくことが必要となる。

帰納的推論を補助手段として用いることで永遠なる事物から変化する個物へと至るスピノザ哲学における知識と学問の体系

『知性改善論』の「永遠なる事物を認識する手段について」と題された章においてスピノザは、永遠なる事物から変化する個物の認識を直接的に導き出すことが困難であることを認めたうえで、最終的には、帰納的推論を補助手段とすることによって永遠なる事物から変化する個物の存在へと至るスピノザ哲学における知識と学問の体系が築き上げられるという構想を提示している。

普遍的であると同時に個体的でもある永遠なる真理の存在:スピノザ哲学における個物としての永遠なる真理の定義

スピノザの『知性改善論』における永遠なる事物と変化する個物の存在の区別をめぐる議論では、スピノザ哲学における個物としての永遠なる真理の定義が示されていくなかで、普遍的であると同時に個体的でもある永遠なる真理の存在が明らかにされていくことになる。

自然の存在の本質と秩序とその合一の完全なる認識としての永遠なる真理とスピノザにおける永遠なる事物の系列としての自然の存在

『知性改善論』の「永遠なる事物を認識する手段について」と題される章においてスピノザは、永遠なる真理とは人間の知性における認識が自然の存在における本質と秩序およびその合一性のすべてを真なる観念に基づいて完全に認識した状態のことを意味すると語っている。真に存在する実在的有である永遠なる事物の系列としての自然の存在の内に哲学探究における究極の目標となる永遠なる真理の存在が見いだされていくことになる。

自らの定義の内に自らの存在の肯定を含む神の定義:スピノザの『知性改善論』における創造されざる事物の定義の四つの条件

スピノザの『知性改善論』における創造されざる事物の定義の条件をめぐる議論では、自己原因としての自らの内的本質のみによってその存在が規定され、自らの定義の内に自らの存在の肯定をも含む存在としての神あるいは自然と呼ばれる永遠なる真理へと通じる創造されざる事物についての定義の四つの条件が示されていくことになる。

哲学的な定義が否定的ではなく常に肯定的な定義であるべき理由:スピノザによる知性における肯定的な定義としての哲学的定義

『知性改善論』においてスピノザは、哲学的な意味における正しい定義においては、すべての定義は知性における肯定的な定義として示されなければならないと語っている。スピノザが言及している言語表現における否定的な定義と知性における否定的な定義の違いに基づくと、哲学探究におけるすべての定義は、言葉上の表現ではなく、知性による理解において常に肯定的な定義として示されるべきであると結論づけられる。

内的本質と固有性の区別と二つの円の定義に基づくスピノザにおける創造された事物の正しい定義のあり方の探求

スピノザの『知性改善論』の「定義の諸条件について」と題された章では、事物や存在における内的本質と固有性の区別が明らかにされたうえで、「一端が固定し他端が運動する任意の線によって画かれた図形」と「中心から円周へ引かれた緒線の相等しい図形」という二種類の円の定義の例を通じて哲学探究における創造された事物についての正しい定義のあり方が示されていくことになる。

特殊的肯定的本質としての定義の定義とスピノザにおける神の定義へと至るために必要な完全なる定義の普遍的な条件についての探求

『知性改善論』の「方法の第二部」の議論においてスピノザは、哲学探究の出発点となる観念のあり方を「概念」と「定義」という二つの形式へと分けたうえで、永遠なる真理へと通じる哲学探究は、常に、前者の抽象的概念ではなく、後者の特殊的肯定的本質としての定義に基づく演繹的な探求方法において進められていくべきとする議論を展開している。