TANTANの独考

時事考察と哲学的思考を中心とする移ろいゆくものと永遠にとどまり続けるものについての筆者の主観的な観点からの見解も含めた独自の思考の記述

「哲学」の記事一覧

仏教の諦観の境地へと通じるスピノザの永遠無限なるものへの愛の思想

仏教思想における苦諦・集諦・滅諦・道諦と呼ばれる四つの真理、すなわち、四諦に集約される諦観の境地にも通じる思想は、西洋の哲学者であるスピノザの哲学における永遠無限なるものへの愛の思想の内にも、それと同様の思考の道筋を見いだしていくことができる。スピノザの『知性改善論』では人間におけるすべての不幸の根源には滅ぶべきものへの愛と執着の問題があると説かれていて、そうした実体を持たない滅びゆく存在への愛と執着から離れた先にある永遠無限なるものへの愛へと至る道こそが人間が目指すべき永遠なる真理へと至る哲学的探求の道であると説かれている。

スピノザとキルケゴールに共通する神そして永遠なる真理へと至る一つの思考の道筋:二人の哲学者における「死に至る病」の解釈

スピノザの『知性改善論』において示されている永遠の真理へと至る哲学的探求の道には、キルケゴールの『死に至る病』へと通じるような思考の軌跡を見いだしていくことができる。人間が自らの人生を歩んで行くうえで、目の前には、死に至る病としての絶望の道と、自己の精神の深い省察によってのみ目指すことができる永遠の真理へと通じる希望の道の二つの道しかないとするならば、後者の道を選ぶことがすべての人間の生き方において最善の道となるというのがスピノザとキルケゴールという二人の哲学者に共通する思考の道筋となっている。

スピノザの『知性改善論』に学ぶ欲望や心の苦しみに対応するための心の処方箋

若き日のスピノザが書き残した『知性改善論』と呼ばれる書物においては、永遠なる真理の探究の道へと進むスピノザの決意の言葉が語られると同時に、一人一人の人間が欲望や心の苦しみにうまく対応してより善く生きることができるようになるための心の処方箋となる言葉も語られている。現在の活動への集中と自己肯定の姿勢とも呼ぶべき二つの要素によって人間の精神は富や名誉や快楽といった欲望や心の苦しみから解放された自由な精神の状態へと高められていくことになる。

曹洞宗と臨済宗の禅の修行方法に学ぶコロナ鬱から逃れる二通りの道

曹洞宗と臨済宗における二つの修行の道においては、何も考えないことを目指す無心の道と、ひたすら何かについて考えていく集中の道という二つの道を通じて悟りの境地へと通じる精神の平安が得られることになる。新型ウイルスの流行によってコロナ鬱とも呼ばれる気持ちの晴れない鬱積した状態が続く現代の世界を生きる我々自身においても、こうした無心の道と集中の道という二つの道のそれぞれを歩んで行くことを通じて自らの心をストレスから解放して心を乱す外の世界の情報からも遠く離れた精神の自由を得ることができる。